自己紹介

簡単な経歴はこちらです

1983年 千葉県で生まれる

私大薬学部を卒業後

東京大学医学部付属病院に研修生を経て就職

28歳で結婚後、退職し夫の勤務地である札幌へ

29歳〜33歳 薬局でパートをしながら長女、長男、次女出産

34歳 夫の転勤で三重県へ

35歳 整理収納アドバイザー1級・2級取得

36歳 整理収納アドバイザー2級認定講師になる

37歳 お片づけスクールDe Luxe卒業し『お片づけコンサルタント®︎』に

ここからは子供の頃からの現在までを書いていきます

めちゃめちゃ長い自己紹介です

食べるの大好きプックプクの幼少期

とにかく食べることが大好きな子供でした

お友達の家に行くと

帰りにはスカートのポケットがパンパン

なぜなら だされたお菓子をポケットに詰め込んでいたからです

すごい食い意地ですよね・・・

人生初の家出(家出といっても自宅の庭までですが)も

自分のお菓子を兄弟が食べてしまたという理由

子供の頃の写真はどれもぷくぷくでした

遊んでばかりの小学生時代

小学校に入学してからは

本当に毎日遊んでばかり

学校から帰ってきてランドセル置いて

すぐに遊びに行って暗くなるまで走り回っている

みたいな生活

小学校の校庭で鬼ごっこしたり一輪車を乗り回したり

木登りしたり家の屋根に登ったり(今やったら絶対怒られますよね)

高学年になると泥んこになって遊ぶことはなくなったけれど

相変わらずお友達とお茶したり買い物したり

一応、塾とかにも通い始めましたが

勉強より友達に会いに行く感じ

塾の後、ミスドに行ったり近くのたこ焼き屋さんで友達とのおしゃべりが目的でした

あの頃の自分に言いたい

『もっと真面目に勉強しろ』

後で痛い目みるぞ

そんな感じで小学生の頃は遊んでばかりの楽しい日々を送っていました

でもこの頃の楽しい経験が今を支えてくれているんですよね

人生初の挫折と死への恐怖

ちょっとちょっと急に重い感じになりましたが

中学時代は子供だった自分が大人になるために必要な事を経験をした時期でもあります

ピースしてるのが私です

小学生の頃から体育だけは得意で

短距離も長距離もだいたい学年で1番でした

中学生になり陸上部に入部

そこでプチ挫折を経験します

そう自分より速い子がたくさんいたのです

井の中の蛙大海を知らず

ですね

でね陸上部の練習が平日はもちろん

土日も朝からあって部活、部活、部活って感じ

当時、私ピアノも習っていたのですが

小学生の時からコンンクールに出場していて

コンクール近くなると週に何回かレッスンがあったり

結構大変なんです

部活、部活、部活の日々に

どうやってピアノの時間を確保するのか分からなくなってしまったんです

子供の頃は自分のやりたいことやって

自由に育ちすぎたせいか出来ないことなんてないと思ってたんです

それが初めて

私 出来ない

って思っちゃんです

でね そう思った時から

息が吸えなくなってしまって

夜寝てると苦しくて目が覚めて

そうすると息が全然吸えない

息ができない=死んでしまう

って恐怖

寝たら私死んじゃうのかな。ってすごく怖かったです

当時は喘息発作だろうということで入院しましたが

全くよくならず紹介で大学病院まで行くことに

そこでおじいちゃん先生が

『なにか好きなことはないの?』と聞いてくれたのですが

思いつかなくて

あ〜そういえば私ピアノは弾けるなとと思って

『ピアノ』って答えた瞬間

涙がぽろぽろ出てきて

『ピアノやりたくない』って心の声が出せたんですよね

自分でも気付いてなかったから本当びっくり

小さい頃から『この子は本当に手のかからない子で赤ちゃんの時も全然泣かなかった』って聞いて育ってきたので

知らず知らずに大人から見た良い子を演じていたみたいです

自分の気持ちより大人からどう見られるかで

立ち振る舞っていたよう

その日の夜に母と

実は学校に苦手な子がいる

あれは嫌だった

これはしたくない

ってマイナスな気持ちも素直に話したら

喉につかえていたものがぐわって出てきました

そこからは一度も息が吸えないという発作は出ていません

ここで私が学んだことは

『頑張らないこと』

それと同時に自分の限界というか

どんなに頑張ってもかなわないこともあるということ

子供だった自分が大人に近づいた瞬間でもありました

自分を守るために時には逃げることも大事だよね

地味〜な高校時代

高校生の頃は本当地味な感じでしたよ

校則が異常に厳しい高校で

髪が肩についたら

三つ編みにくくらなきゃいけない

三つ編みですよ!ダサくないですか?

お下げ髪って言った方がダサさ伝わるかな

高校生になって具体的に進路を決めることになりました

小さい頃から祖母より繰り返し聞かされた言葉

『これからの時代は女性も手に職よ』

この言葉がずっと頭にあって

入試本を見て資格が取れるのは

これとこれと・・・

女性が多そうだし

薬学部だなと簡単に決めてしまいました

ここでも大人からどう見られるか

国家資格なら家族が納得するだろうと

自分の気持ちは置き去りな状態で進路を決定

3年間は必死で勉強しましたよ

幸い通っていた高校が勉強にも力を入れているところだったので

朝は他の高校生より少し早く登校し

夕方は予備校の授業の録画をみたり

塾も通いました

がしかし

小中と遊んでばかりだったツケが回ってきました

希望の大学には受かりませんでした

寝ても覚めても勉強勉強

浪人生活の始まりです

いや〜この1年は本当によく勉強しました

予備校が終わったら予備校の自習室で勉強して

夕ご飯食べたらまた寝る直前まで勉強

夕ご飯の30分くらいが唯一休める時間ってな感じだったので

この1年の出来事は一切分かりません

流行っていた音楽も

確かサッカーのワールドカップが開催されて

ベッカムが大人気だった年ですが

私にっとてのこの1年は欠落しています

無事に薬学部入学するも・・・

1年間の猛勉強のおかげで

無事に薬学部に入学

よし!これから楽しい大学生活が待ってるぞ〜

と思っていたのですが・・・

人生そんなに甘くない

薬学部って授業以外に実習とかあって

私が通っていた大学は実習を1単位でも落とすと進級できないんですね

周りは頭の良い子ばかりで

さら〜っとこなしちゃってるんですが

私はテストの度にひ〜ひ〜言いながら勉強してました

テスト前は毎回徹夜ですね

小中の遊んでばかりの自分に言ってやりたい

『もっと真面目に勉強しろ』

詰め込み式でやってきたので

幼稚園・小学校受験とかを経験しているもともと秀才の子達との違いを見せつけられて

ここでもプチ挫折ってな感じでした

まあ でも無事に大学も卒業して

薬剤師の国家試験にも合格しました

めっちゃ大変だったけどね

いまだに夢に出てくるくらい大変だったけどね

いや〜大変だった しつこい・・・

大学病院に就職

卒業後は東京大学医学部附属病院の薬学部に研修生として入り

その後就職

大学病院だったので取り扱っている薬も多かったですし

病気のことなどもたくさん勉強しました

志高いメンバーと一緒に働くことができ

今思うと恵まれた環境だったと思います

薬剤師って薬を出すだけで簡単でしょ

て思われているかもしれませんが

処方箋に書かれていることだけでなく、その背景も考えながら調剤するので

知識も当然いるし

常に新しいことを吸収していかなければいけません

何より絶対に間違いが許されない職業でもあります

今でも思い出す

『人はミスをする』

(ここでは調剤ミスのこと)

ミスをする前提で行動しろという上司の言葉

ミスをする。でもミスは許されない。

だからダブル、時にはトリプルでチェックする

もう薬剤師としては働いていないけれど

この言葉は今でもよく思い出します

そしてここで一生涯の友と出会います

同期メンバーなのですが

毎週金曜日は一緒に飲みに行き

休日は一緒にヨガにいったり買い物したり

私たち家族以上に一緒にいるんじゃない?ってくらい

同じ時間を過ごして苦楽を共にした友人たち

15年経った今でも連絡を取り合っています

このメンバーに出会えたことも人生の宝物

結婚 退職 札幌へ

28で結婚して退職して当時夫が住んでいた札幌へ行きました

1年の半分近くが雪に覆われていると言っても過言ではないくらい

寒くて雪の多い札幌ですが

本当に良いところでしたよ

短い夏を目一杯楽しもうとする北海道の人々

夏になると大通り公園では毎週のようにイベントが行われます

ライラック祭りに始まり

よさこいソーラン祭り

ビアガーデン

短い夏を楽しもうぜ!ってな感じで

とても活気溢れる札幌

人もサバサバしていて付き合いやすかったです

こんなはずじゃなかった 出産と同時に暗黒期へ突入

札幌に引っ越し1年後に長女が生まれます

私 周りに出産を経験したことある友人がいなかったので

赤ちゃん生まれてもなんとかやっていけるでしょ

って思ってたんです

1日8回授乳

ふ〜ん大丈夫でしょって

が、しかし

子育てそんなに甘くないって

授乳ってぱっと飲んで終わるかと思ってた

こんなに痛くて時間かかってしんどいって知らなかった・・・

産後ボロボロの状態で

『お母さ〜ん授乳ですよ』って言われた時ゾッとした

え?私産んでから一睡もしてないけど

え?赤ちゃん全然飲まないけど?

飲まないってことは死んじゃわない?

どうしよう・・・

1回の授乳に2時間とかかかってた

うそ?って思うよね

嘘じゃないの〜!

だって飲ませたくても起きないから

お腹さすったり抱っこしたりして起こすのに30分

起きてもすぐ寝ちゃうから

起こして飲ませて起こして飲ませて

あっという間に1時間

あれ?全然飲めてないからミルク作って

また飲ませるのに20分

げっぷ出さなきゃいけにのよね

あれ?うまく出ないな

出ないからトントンを30分経過

やっと終わった〜

と思ったらうんちしてオムツがえ

あれ〜?

次の授乳まで1時間しかないよ!

いつ寝るの?

入院中ほとんどの時間を授乳室で過ごした私

2時間かけてなんとか授乳して

授乳量を測るためスケールにのせると

1mLも飲めてないことがわかった瞬間の絶望たるや

今でも覚えてますよ

退院して

部屋の窓から真っ白な札幌の街並みを眺めて

『私の人生終わった』って思ったこと

今なら笑っちゃうけど

あの時は心の底からそう思ったんだよね

ホルモンバランスがたがただから仕方ないけど

産後って本当大変

今も懸命に小さな赤ちゃん相手に頑張ってるママたち

尊敬します!もっと字大きくならんかな?

本当この画面いっぱい使って表現したいくらい

尊敬してます

ありがとう!

次男誕生

長女の時は本当に全てが初めてで

周りの子と比べてハイハイが遅い

ちゃんと母乳飲まない

なんでこんなに泣くんだろう?

なんで?なんで?なんで?

私がいけないんだと自分を責める日々

しんどかった〜

そこへ

長男誕生!

切迫早産で入院

そのまま促進剤で出産予定でしたが

うまく出てこれず

緊急帝王切開

大変な思いをして生まれてきてくれた息子ですが

本当に手のかからない赤ちゃんでした

2~3時間おきにもぞもぞ動き出して

授乳するとぱたっと寝てしまう

え?なに?こんなに楽でいいの?

全く泣かないけど大丈夫?

ベビーカーで外に行くと一瞬で眠ってくれるのでゆっくりお茶することができたり

覚悟してたぶん拍子抜けしてしまいました

それと同時に

娘の時に抱いた気持ち

『なぜ周りのママたちはあんなに楽しそうに子育てしているんだろう?あ〜キラキラして眩しい』

納得ですね

自分がおかしいんじゃなかった。と思えました

赤ちゃんかわいいな〜と少しだけ余裕がもてるようになってきました

想像以上の大変さ 3人育児

そんな中次女誕生!

2人も3人も変わらないよ〜と聞いていたけれど

2人と3人は変わります!

うん 変わりますよ!

だって想像してみて

2人が同時に泣いたら抱っことおんぶできるけど

3人が同時に泣いたら?

新生児の赤ちゃんがぎゃ〜って泣いて

長男がテーブルに頭ぶつけて泣いて

長女が『おしっこ出ちゃった〜』

って3人が同時に私の方を向いたら誰が優先?

同時に3つのことを処理する能力

ない!

そんなの備わってない!

でもね 大変だけど本当の意味で子育てを楽しいと思えるようになって来たのもこの頃かな

とにかく頑張らない。楽しめ!

と自分に言い聞かせてやっていました

毎日想像を超える日々にパニック状態ではあったけど・・・

整理収納との出会い

整理収納との出会いなんて書くと大袈裟だけれど

ちょっとこれは話しておきたい

まだ子供が0歳、2歳、4歳の時、夫の転勤が決まりました

小さい子供たちを抱えて物件探しや引っ越しは大変なので

夫だけ先に引っ越し私たちは札幌に残ることになりました

ここで事件ですよ

単身赴任している夫が帰ってきた時

一1人で小さな子供たちの世話をしていた私は

疲れてダウンしてしまいました

末っ子は授乳があったので私が見て

上の子たちを1日夫がみることに

夜になり寝かしつけようとすると

『ママがいい〜』って言うんですよね

でも私ず〜っと1人で頑張ってきて体調も悪いし

こんな時くらいパパが寝るまで面倒見て!って思ったんです

寝かしつけまでが仕事だよってね。

でも夫の寝かしつけの方法が気に入らない私は

全然分かってないよ』って言ってしまったんです

そうしたら普段優しい夫が

声を荒げて怒ったんです

本人も自分で何言っているか分からないくらい言葉にはなってなかったけれど

とにかくすごく怒ったんです

そんな夫に最初は私の方もはぁ?とか怒りの感情が湧いてきたけれど

だんだん 私がいけなかったのかな?

とか頭の中をいろんな考えがぐるぐる渦巻いて

しばらくたってから

一人で

パートナーシップの講座を受けにいったんです

その内容は うん 確かに役に立つし自分に欠けていた部分でもあった

最後に

自分がどんな時、幸せか書き出すとというワークのようなものがあったのですが

子育て期間中ずっと自分の感情を殺してきた私は

思いつかなくて・・・

何が好きで何が嫌いかが出てこない

人生終わったと思っていた自分には何もなくて

今思うと軽くウツ状態だったのかな〜

でもそんな中でも

・ゆっくりコーヒーを飲む

・ヨガをする

・美味しいものを食べる

などなんとか書き出していくと・・・

・引き出しの中を整理する

・部屋の模様替えをする

・洋服を断捨離する

片付け関連の言葉がたくさん出てきたんですよね

そこで

あ、そういえば子供の時から片付け好きだったな〜

って思い出して

これからの人生は自分の好きなことをして生きたいな

って思ったんです

それと同時期に

整理収納アドバイザーの方に家に来てもらうことがあって

こんな風にお片付けをお仕事にされているんだなと知って

すぐに整理収納アドバイザーの資格を取りました

私の性格

ここまで子供の頃から整理収納アドバイザーになった経緯を書いてきましたが

はぁ〜長いな〜 って思ってますよね?

私も読んでて疲れてきました。。。

ですが自己紹介ですので私ってこんな人間ですっていう内面のことも書かせてください

いつだろうかHSPという言葉が世に出てきたのは

※HSPとはハイリーセンシティブパーソン

といい

生まれつき非常に感受性が強く敏感な気質をもった人とのこと

統計的には人口の15~20%くらいはいるとのこと

繊細さんなんて呼ばれてますよね

この言葉気になる〜

気になるけど自分は違う

違うけど気になる〜って日々を過ごしておりました

でもある時

HSPかもって認めてみたんですよね

そうしたら今まで自分に起きたことがしっくりきて

例えば 朝のニュース

子供関係の暗いニュースを見るととても気分が沈んで1日ブルーだったり

その日の天気に気持ちが左右されたり

他人の行動は全く気にならないけれど

その人が発する感情がダイレクトに伝わってきたり

痛みに非常に敏感であったり

人と会うとすっごく楽しいのに帰ってくるとぐったりしてしまったり

とにかく沢山眠らないと無理だったり

子育てでプチパニック状態だったのはHSPという気質のせいだったのかな?とも思います

まあ認めてみたら 

ちょっとHSP傾向あるなって

うん でもこれが私だと思っています

みなさんそれぞれ違うように

私は少しだけ感受性が強いです

その分お客様の気持ちだったり想いを理解できたり

お客様にとって心地よい空間を見つけたりってのが得意かな?と思います

お片づけを通しての使命

今の活動ですが

お客様のお家に行き一緒に片付けをさせてもらっています

片付いた瞬間のお客様の笑顔をみるのが

何よりも嬉しくて喜びでもあります

『片付け』で何が変わるの?と思うかもしれませんが

『片付け』で人生が変わると

私は信じています

これはそう信じて実行した人にしかおこらない魔法ですが

片付けとは・・・

片付いた!というその場限りのものではなくて

片付けるという行為を通して

自分を知っていく

自分で決めていくことなんです

普段の生活の中で

どうしよう〜

分からない〜

誰か教えて〜

って思うことありませんか?

片付けを通してこのもやもやをやっつけていくのです

自分で決める自分軸ができてきます

そして他人と比べる気持ちは徐々になくなります

あ〜うまく言葉で表現できないのがもどかしい!

頭で理解するよりも

実践してこの素晴らしい効果を体感していただいた方が早いかもしれません

今ではお片付けの本や

SNSで発信されている方が沢山います

この人好きだな

と思う方の本やブログを参考にぜひお片付けに取り組んでみてください!

やればやっただけ変わります!

もし1人じゃ難しい・・・という方

日本全国に素晴らしいアドバイザーがおりますので頼ってみてください

そしてもし 私 田中と一緒にお片付けしたいという方がいましたら

ぜひ私にお手伝いさせてください

全力でサポートさせていただきます☺︎

この信じられないくらい長いプロフィールを最後まで読んでくれる方がいるか分かりませんが

もしいたら

最後まで読んでくれてありがとう♡

いつかお会いできる日を楽しみにしています!

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